最大手通信会社を退職して1年。振り返るとラッキーに恵まれたサラリーマン時代だった

こんにちは。

ビジネススタートコンサルタント 黒藪です。

 

今日は僕が2年半お世話になったソフトバンク時代の思い出を振り返ろうと思います。

独立・起業して2年目となった今だからこそ、色々な思いがあるなぁ〜って感じです。

今回はラッキー編ですが、次回は大変編にしたいと思ってます。

 

はじめに〜フツーのサラリーマンの僕 新卒から働いた商社から転職

僕は、大学を卒業してからは、まずは、電子部品を扱う専門商社に就職しました。

当時は、電子部品(コネクター、ハーネス)や画像処理装置(カメラや照明)、電源などの機器を、法人向けに販売する営業マンでした。

日常ではほとんど見ない、マイナーな部品達です。

 

配属先は神戸営業所。

僕は、兵庫県のソープ街の横の福原町というかなりディープな所に一人暮らしを始めました。

岡山地区や神戸の重厚長大な企業様を担当して、毎日ルート営業として既存のお客様へ新商品の提案や他社からの置き換え提案を行っていました。

その当時は、本当にフツーの若手サラリーマン

仕事が特別出来るわけでもなく、めちゃくちゃできないわけでもなく。本当に普通でした。

 

転職の転機 ある一言が僕を動かす

そんな普通の生活をしていた、25歳の僕に、メンターの彼から

「ルート営業は営業じゃない!独立・起業するなら新規営業がでけへんと食ってはいかれへん。

  創業社長にとって最も大切な能力は物を売る能力やで!」

ってな言葉を頂きました。

 

衝撃的でしたね。今まで、自分がやってきたことは無意味やったんかぁ〜〜〜って思いました。

でも、よく考えて見ると、本当にそうだなぁ〜って。

 

当時の僕の営業スタイルは、御用聞き営業でした。

「今週はどれくらい発注がありますか?」「生産計画はどんな感じですか?」

のように担当企業様の生産状況によって商品を用意するといった、新規営業ではなくて既存を守っていくという営業でした。

そうなると、新しく開拓するしんどさや、信頼関係をゼロから構築していく大変さを感じることができません。

これでは、営業力って付かないですよね。

 

メンターの言葉から

営業力がつかない=独立ができない

 

それはあかん!!ってなり、転職しようと決意しました。

 

そのちょうど決意した時に、本当にたまたま、ソフトバンクで働いていた高校の友人から、ソフトバンクへの転職の誘いがあったのです。

 

ソフトバンクへの転職。ラッキーが続く

転職したのは、丁度25歳が終わりかけたころです。

ご縁があって、面接は一発で合格。

前職の専門商社は10月末で退職して、ソフトバンクへは11月1日から入社するというスムーズな転職期間でした。

 

これは、色々と本当にラッキーでした。

 

ラッキー 1つ目 中途採用をいっぱい取る時期だった

当時、ソフトバンク(正式名ソフトバンクテレコム株式会社)は、新規事業拡大にあたり中途採用を急激に採用している真っ最中でした。

毎月新しい人がドンドン入社してくる。その波にたまたま乗れての就職でした。

なので、法人営業経験というだけで、当時のけっこうゆるい僕でも入社出来たのです。

 

面接も1日で、2回だけ。

西日本の営業本部だけで、全体160人中の3分の1の40人くらいは中途採用の転職組でした。

この時期に声をかけてもらえたのは、本当にラッキーでした。

 

ラッキー 2つ目 他の転職組とは違う部署に配属される

今回の中途採用いっぱい採用するぞ!!

っていうソフトバンク側の思惑としては、新規事業の設立。

当時の新規事業は、『中小企業への販路拡大』でした。

 

ソフトバンクからの直接の営業では、手が届いておらず販売代理店に任せっきりであったマーケットを、直接やろうでないか!っていうことです。ロングテールを狙おうってやつですね。

その新規部署に転職組で採用された40人中37人はその部署に配属されました。

 

しかし、僕はその新規部署には配属されませんでした。

僕が配属されたのはもともとあった、直販営業という、大企業様向けに営業をかける部隊だったんです。

この部署に配属された理由は全然わかりません。

が!

正直、これは本当にラッキーでした。

 

私がソフトバンクを2年半で退職しましたが、

この時に採用された中途採用組で最後まで関西の営業に残れていたのは、わずか7名。

直販営業に配属された僕を含めて3名と、新事業の部署の超優秀な4名。

その他の方は、退職もしくは数字が上がらないので他の部署に飛ばされて行きました。

 

この新事業部署は、代理店とのシガラミや、会社として十分な戦略が錬られてなかったので、営業にしわ寄せがきて、本当に辛く、数字も上がらないキツイ部署でした。

最終的には1年くらいして、この部署自体が無くなってしまったほどです。

 

ラッキー 3つ目 優秀な教育係の先輩が1ヶ月半後に退職 担当を引き継ぐ

僕を教育してくれてた先輩はかなり優秀な方でした。

 

ソフトバンクというと携帯電話のイメージが強いですが、それ以外にも沢山扱っている商品があります。

僕が配属された部署は大企業様向けにソフトバンクグループの全商材を提案する!ことがミッションだったので

携帯電話以外にも、クラウドサービス、閉域ネットワーク、Yahoo!広告、固定電話など合計で6カテゴリーの商品郡を扱い、営業しておりました。

 

これだけいっぱいあるので、営業マンによって得意不得意があります。

しかし、教育係先輩は全ての商品を満遍なく売れるミラクル優秀な営業マンでした。

そして、担当しているお客様も、色々な商品郡をご利用頂いていました。

 

ミラクル優秀な先輩が、なんと僕が入社して1ヶ月半後に外資系メーカへ転職するというのです。

 

アワアワ・・・。

 

しましたがこれが本当にラッキーでした。

その優秀な先輩が担当していたお客様を引き継ぐことが出来たのです。

 

もちろん、既存でお取引あるお客様もあれば、全く無いお客様もいらっしゃいます。

しかし、畑は十分あるのです!

種を蒔いたら、十分すぎるほどに刈り取れるのです。

 

全く取引の無いお客様から、新規開拓していく力。

まさにメンターが僕に伝えてくれた言葉を実績できる時が来たのです!!

 

退職するまでの2年半。

この時に担当だけ付いていて、全く取引の無かった数々のお客様を、ゼロから開拓していき、大きな取引を作り上げることができました。

このラッキーが西日本で数々のMVPを頂く原点となったのです。

 

まとめ

今日はソフトバンク時代に起きたラッキーなことだけ書いてみました。

 

ラッキーなことがあると、その分大変なこともある!笑

 

次回は大変なことを書いていこうと思います。

 

 

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